自己紹介

はいさい!(こんにちは)

沖縄不動産紹介所 あがりはまホームが本日から沖縄の不動産情報から、沖縄の文化、歴史、観光地、移住体験、私の子育て奮闘記や大好きなエイサー、釣りのこと、ちょっと変わったゲストハウスのことを綴って行きたいと思います。どうぞ暖かく見守って頂けると幸いです。

自己紹介

昭和46年 奈良県で生まれ。

高校時代まで奈良県で過ごし、そのあと大阪で不動産会社で勤務。

平成23年 妻と二人で沖縄県与那原町に移住。

平成25年 子供誕生。与那原町で住宅購入。

平成26年 沖縄不動産紹介所 あがりはまホームを与那原町で開業。

すみません。簡単すぎる自己紹介ですが、また私のこともブログで綴っていきますので、よろしくお願いいたします。

沖縄に2011年3月に引っ越しをし、とても寒くてなんか違うと感じたことを覚えています。

那覇空港に着き、予め契約した賃貸マンションの管理会社に行き、鍵をもらって引っ越しの荷物が届いていない部屋で、夫婦二人で寒い部屋でガタガタ震えて寝ていたのを思い出しました。最初布団がなかったので、布団が届くまで、寝袋をホームセンターに買いました。

私はこれから沖縄に移住する方にもこのブログを読んで頂きたいです。自分達が経験した、移住の際の失敗談から、これから移住する方に参考にして頂きたいと思います。

引っ越しが落ち着き、夏になり 沖縄の地元のエイサーが始まりました。はじめてみた時は ちむわさわさ (沖縄の方言で心が躍る様子をいいます)し、三線の音色と大太鼓の響きと若い力あふれるヘイシ(掛け声)に魅了され、旧盆に町を練り歩く(道ジュネー)の後を追いかけていました。

7年目の今でも、エイサーが始まる時の心が躍る感じは今も色褪せていません。 私は、沖縄に住んでいるのなら、このエイサーに絶対関わりたいと強くおもいました。

でもエイサーはめちゃくちゃ体力が必要で、若い現役世代でもバテバテになります。私は、三線でならエイサーに関われるかもと、三線を引かせてくれる青年会を探しました。知らないって怖いもの無しですね。今から考えると本当に変で痛いナイチャーなんですが。。エイサーに参加したい一心で地元の青年会を訪ねていました。

そもそも青年会の引退する節目が25歳という慣習があります。結婚したら引退とかもありますが。そこに40歳が入会させてください。しかもナイチャーですといったら大体の青年会はちょっと考えさせてください。なんですが、一つの団体がブログでどなたでも参加できますよと書いてあったので、早速管理人にメールで三線で入会させてください。と送りました。管理人からは40歳でもやる気ある方なら入会できますよー。でも三線は じかた(漢字がわかりません三線の担当する人)は、まずエイサーの形を覚えて、周りから認めてくれる存在にならないと舞台には立てないですよーと説明がありました。

あの激しい踊りは私には体力的に無理だろうと思いましたが、このエイサーには絶対関わりたいという思いから青年会に入会させていただきました。私を拾ってくれた青年会は浦西青年会といいます。

昨年夏、子供が4歳になり、初めて親子共演することができました。何も知らなかった私に、地域のこと、踊りのこと、祭りのこと、全てを教えてくれ、受け入れてくれて、今も私の家族を大事にしてくれるこの青年会は私の誇りです。

エイサーのことはまだまだ、沢山書きたいことがあるので、また是非皆様にも読んで頂きたいです。

 

仕事の話です。

沖縄の不動産紹介所は買主様からの仲介手数料0円を目指して企業努力しています。

私は平成25年、子供が生まれるタイミングで与那原町に家を買いました。その際に不動産会社Bに支払った仲介手数料が本当に納得いかなくて、自分が不動産会社を立ち上げるときには、お客様から納得いくものしかもらわないと決めました。不動産は一つしかないが故に、気に入った物件と出会うと、腑に落ちない条件も、物件を購入するためにはしかない という心情になります。私も経験しました。人生を賭けた買い物にわだかまりが起きるような、仲介手数料の設定はしたくないと思っています。

開業した時は、ナイチャーから家を買うのはやめた方がいいと直接言われたこともありました。でも真面目に真剣に説明させて頂くと、不動産は安心、安全が一番だと理解して頂き、現在は売買契約は月1本ペースでお仕事ができています。

これからも、仕事に子育てに遊びに全力で頑張っていきます。よろしくお願いいたします。

沖縄不動産紹介所 あがりはまホーム 宮坂宏昭